障害者グループホーム アレグリア

 「アレグリア」その語源は、「CASA ALEGRIA」で、「わきあいあいとした家」「ほのぼのとした家」という意味で、新しく始まるグループホームが「ほのぼのとした、和気藹々とした楽しい家になって欲しい」そんな願いを込めて名付けました。
 平成14年2月12日に近所の方も招き開所式を行いました。40名にも及ぶ方にご出席いただき、グループホームの入居者の方に暖かいお言葉を頂きました。
 近隣の方のご協力をいただきながら、4人の方の新しい生活が始まっています。


■入居者
男2名、女2名
(重度重複障害者1名・重度知的
障害者2名・知的障害者1名)
■年齢
40歳〜47歳
■スタッフ
常勤職員1名、非常勤職員1名
派遣ヘルパー、アルバイト数名
■住宅
木造2階建て(新築バリアフリー)
7LDK



開所時メンバー




理解の乏しさにとまどったアレグリア建設に至るまで

「アレグリア」は、法人が経営するグループホームとしては三番目ですが、磯子区に開設するのは初めてだったため、なかなか順調には進みませんでした。

 グループホームに利用する物件を探しているとき、グループホームへの、というより「障害者への理解」が非常に乏しいことを感じました。
 不動産屋などに説明しても「障害者が街を歩いて大丈夫なのか?」「障害者が集まって生活して大丈夫か?」「近所に迷惑がかからないのか? 近所から苦情が来るから嫌だ」「障害者のグループホームって何?」などと断られ、障害者が地域で生きていくことの重要性、グループホームを含めた制度の話を一から行っていきました。

 そういった中、「集」からほど近い場所に土地をお持ちの方から「グループホーム建築について考えてもいい」という連絡をもらいました。
 根岸地区にグループホームが建てられる土地はなかなかなく、話がうまくいくよう祈る気持ちでお宅に伺って思いを伝えたところ、その日のうちに快く「グループホーム建築の協力」の返事をいただきました。

 このような経緯で「アレグリア」は、法人のグループホームとしては初めての「新築バリアフリー住宅」になりました。

期待と不安で始まったグループホームの生活

 当初は2泊あるいは3泊でグループホームの生活を開始し、2カ月の最後には週5日の生活に移行していきました。
 生活を始めた当初は、夜なかなか寝付けなくてスタッフとリビングで話をしたり、不安にならないよう深夜まで側に寄り添ったりしました。中には早い時期に自分のペースを見つけて就寝できる方もいましたが、ほとんどの方がスタッフの出すちょっとした物音や外を走る原付バイクの音に目を覚まし、緊張と不安の中で生活しているのが感じられました。


時間をかけてゆっくりと集団生活になじんでいきました

 メンバーさんは夕方から翌朝「集」に通うまでの時間をグループホームで過ごしています。生活を始めてすぐ「隙間の時間」が発生しました。

 家庭から「集」に通っていた時には、帰宅までの間、バスに乗り、電車に乗り、時には家族と夕飯の買い物をしながら帰ることで時間が過ぎていきました。しかし、グループホームは「集」から徒歩五分、今までの「家について一休みしている間に夕飯ができ、お風呂に入って眠る」というパターンとは違い、時間に余裕ができたことが、メンバーさんにとっては、今まであまり経験したことのない「隙間の時間」になってしまいました。リビングで手持ち無沙汰にしている人、テレビをつけたままボーッとしている人、夕飯までがゆっくり、そして長く感じる時間でした。

 しかし、その時間に夕飯の買い物に行って食べたいものを買ってこようとか、何を買ってくるかなどといった話が湧き起こってきます。「自分ができることは自分でやってみよう」声をかけるとできることが見つかってきました。風呂の掃除、洗濯物をたたむ、「集」で着た服を洗濯物に出す。「隙間の時間」が少しづつ狭まってきたことで表情は明るくなり、メンバーさん同士、スタッフ、ヘルパーさんに対する要求も増えていきました。

 一方、自分の時間を自分なりに使う人もいました。自分の部屋に入って好きなラジオを聴き、好きな音楽をボリュームを上げて聴く人、近くのレンタルビデオ屋に行く人……。少しづつ少しづつ自分のペースで「隙間の時間」が「自分の時間」になってきました。


慣れてくるにつれて「隙間の時間」は
「自分の時間」に変わりました

 そして、食事の時間、風呂の時間、眠る時間は「みんな一緒に」ではなく、自分で希望を伝えます。四人が住むグループホームの中で自分らしい生活をしています。




 アレグリアのエピソード・Case1

「固有名詞」で呼ばれること

 ある日、救急車を要請することがありました。

 連絡を受けてアレグリアに急行したときには、すでに救急車が到着してストレッチャーがアレグリアに運び込まれているところで、近所の方たちが心配そうに集ってきていました。
 近所の方が、私の顔を見るなり、「泰雄さんが具合悪いの?」「窓から外を見ている女の人?」「敬輔さん?」と矢継ぎ早に聞いてきました。「お手伝いの方が具合が悪いので、大事を取ってです」と応えると、それぞれのお宅に帰っていきました。幸いお手伝いの方も大事には至らず、胸をなでおろしました。

 事が落ち着いて振り返ってみると、近所の方が個人名を上げて心配してくれていたことに気づきました。近所の方が「アレグリアの人」ではなく、泰雄さんであり、敬輔さんであり、一人の人として存在を意識してくださっていることに喜びを感じた場面でした。


 アレグリアのエピソード・Case2

地域と関わることの大切さ

  「青年団のバーベキュー大会に一緒に行きませんか」町内会の青年団が主催するバーベキュー大会へのお誘いでした。喜ぶメンバーさん、誰がいるかわからないので不安そうにしているメンバーさん、反応はさまざまでしたが「みんなはこの町内に籍を置いて生活している。障害があり支援を受けながらでも自分らしくこの街で生きている。アレグリアの人ではなく、個々の名前を覚えてもらおう」と話し、バーベキュー大会に参加しました。

 青年団の方が車椅子を押し、食事の手伝いをしてくれる中、それぞれのことやアレグリアのこと、「集」のことを話しながら、楽しい時間を過ごせました。

 その後も、会ったときには挨拶を交わしたり「今度も行こうね」と声をかけられます。

地域に出て、地域の中で生活をしていくことの重要性を改めて感じました。


 アレグリアのエピソード・Case3

頼りになるボランティア「ねこの手」

  アレグリアの地域には、食事作りグループ「ねこの手」が活動しています。

 地域に障害者のグループホームができるということを知り、建築前から「グループホームができたら食事は私たちが作るから声をかけてね!」「若い職員が作るより、おいしいものを作れるから。それが主婦の商売だから」と声をかけてくださっていました。

 高齢者のお弁当配達をしているグループである「ねこの手」の会員の中には「集」にボランティアとして来てくださっている方もいたため関係ができており、開所後直ぐに食事作りをお願いし、現在に至っています。

 夕食の準備をしながら「今日は何やったの」「楽しかった?」「そんなことしちゃだめだよ」など、子育て経験を活かして暖かく見守ってくれる目は、安心できる時間をメンバーさんに与えてくれます。また、若いスタッフの勉強にもなっています。






訪問の家
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