障害者グループホーム きゃんばす

 1994(平成6)年3月から栄区犬山町で暮らしていましたが、この度、車椅子の人たちが住みやすい家をつくっていただけるオーナーさんがみつかり、2001(平成13)年4月よりみんなで家の設計作りを始めました。そして、7月工事着工。12月に完成しました。2002(平成14)年3月、新しい家への引越し準備を経て桂台中8-8の地で新たな生活が始まりました。
 新しい家は段差がなく、廊下や部屋の出入り口が広く、全体的にスペースが広くなり車椅子の人たちにとって住みやすくなりました。
 スタッフ5人(非常勤を含む)、ヘルパー、アルバイトの人たちに支えられ、全介助の人たち4人が暮らしています。

■入居者
男2名、女2名
(重度重複障害者4名)
■年齢
40歳〜48歳
■スタッフ
常勤職員1名、非常勤職員3名
派遣ヘルパー、アルバイト数名
■住宅
新築バリアーフリー住宅
8LDK

思い思いに過ごす グループホームのひととき

「きゃんばす」は、訪問の家が経営する第一号のグループホームです。平成6年3月に開設し、平成17年4月に現在地に移転しました。移転前に使用していた住宅は再改造の後、現在はグループホーム「ふぉーぴーす」として利用されています。

 夕方4時頃、4名とも地域活動ホーム「径」からスタッフに車椅子を押されて帰ってきます。リビングでお茶を飲んだ後は、それぞれ部屋へ行きます。

 女性Aさんは30数年間、フォーリーブスの大ファンで、いつもフォーリーブスのビデオを観たり、CDを聞いたりしています。コンサートに行くたびにもらうサインが部屋のあちらこちらに飾ってあり、まさしくフォーリーブス一色の部屋です。コンサートには毎年二〜三回行っています。特に青山孝さんが大好きで、孝さんが画面に映ると「キャー! 孝さん!」と叫んでいます。枕元に設置してあるコールがAさんの声に反応してきゃんばす内に鳴り響きます。


ファン暦ウン年。いつも写真は手放せません

 女性Bさん。二年前、重積発作から後誤飲性肺炎になり気管切開になりました。グループホームでの生活が危ぶまれましたが、本人から「ゆめ、パン」と口を動かし、地域活動ホーム「径」に行きたいと強く訴えていました。彼女の熱い思いを大切にしようと、朋や径、朋診療所と連携しながら彼女の生活をサポートしています。夕方、訪問看護のサービスを受け、入浴をするのが日課です。入浴後はディズニーのビデオを観ながら注入をしています。ディズニーが大好きで部屋の中はディズニーグッズでいっぱいです。ベッドの横には彼女のお気に入りのぬいぐるみがいつも置いてあります。


お気に入りのぬいぐるみといつも一緒

 男性Cさん。旅行が大好きで、毎年職員と計画を立ててはいろいろ旅行に行っています。長野オリンピック、高校野球甲子園大会、大阪USJ、四国旅行など、思い出がいっぱいです。部屋ではいつも地図や飛行機の雑誌を広げ、今まで行ったところに丸印や数字をペンで書いたりしています。部屋に吊ってある飛行機の模型を見ては、次の旅行先を楽しみにしているようです(写真4)。

 男性Dさん。ボクシングが大好きで、よく試合を見に行きます。部屋にはボクシングの写真やグローブが飾ってあり、ボクシング一色です。横浜リハビリテーションセンターの技術者と一緒に作ったDさん専用のビデオスイッチを左足で押しながらボクシングビデオを見ています。

 夕食は18時30分。おしゃべりをしながら20時過ぎまで食べています。就寝時刻は早い人もいれば、お酒を飲んで寝る人もいてさまざまです。23時30分くらいにようやく寝静まり、また朝を迎えます。


外出は最大の楽しみです


 きゃんばすが始まって十年余り経ちました。今や法人のグループホーム生活者の先輩格として、落ち着いた日々を過ごされる皆さんにも、若気の至りともいえる出来事がいろいろあったと聞きます。当初、共同生活のルールを作っていく過程では、入居者同士の摩擦や衝突が耐えなかったとか。

 ナースコール……他の人に介助者を取られてしまう不安からか、一人が鳴らすと張り合うように続けざまに鳴らされることがしばしばだったようです。

 リビングにて……テレビの音がもとで生じた口論。一人が「うるさいよー!」と言うと、なぜかますますボリュームを上げてしまい、火に油を注ぐ事態が勃発――などなどなど。

 振り返れば苦笑してしまうような出来事も、介助者も巻き込みながらお互い真剣に向かい合ってきた日々でした。





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