障害者グループホーム ふぉーぴーす



 『最も障害の重い人達の地域での活動と暮らし』

社会福祉法人訪問の家・元 朋施設長 増渕 晴美 

はじめに
 平成14年7月、社会福祉法人訪問の家が運営する4ヶ所目のグループホーム『ふぉーぴーす』が、スタートしました。朋のメンバーが、グループホームで暮らし始めるのは、今回が初めてです。これまでの3ヶ所のグループホームも、一般的にはたいへん重い、しかも重複の障害の人が暮らしていますが、朋のメンバーは、さらに配慮が必要です。
 ささやかな開所式で、新しい暮らしをはじめるメンバーが見せた期待と緊張が入り混じったような、普段と違う、ひきしまった顔と、言葉少ないながら胸に迫るものを感じていらっしゃるご家族の様子は、今日に至る道のりへの思いと共に、“本来あるべき親子の姿”を、私達に感じさせてくれるものでした。

朋の成り立ち
 朋は、昭和61年、横浜市栄区桂台の地に誕生しました。種別は、「知的障害者更生施設(通所)」ですが、実際は、身体と知的に重度の障害を併せ持つ、いわゆる重症心身障害児・者といわれる人が通ってきています。 養護学校卒業後も、集う場、影響し合い成長し合う場を!という、母親達の願いと行動により、当時施設の種別として存在しなかった重症心身障害児・者の通所の場が、知的障害者更生施設に横浜市が実情に即して多大な加算をするという方法で実現されることとなり、朋が誕生したのです。

朋・17年の活動
 当法人そして朋の基本理念は、『重い障害のある人と共に、誰もが健康で平和に暮らせる真の豊かさを持つ社会づくりをめざす』というものです。
 現在、朋には、措置・重心通園事業B型を合わせて、49名の方が通っています。自分の意志を言葉で表現できる人はなく、介護面は、ほとんどの人が全介助です。医療的にも、経管栄養20名、気管切開4名等、約半数の方が濃厚な医療を必要とします。
 このような現状にある朋のメンバー一人一人を目の前にし、この人達が一社会人として生きていくとはどういうことなのか、そしてそのためにどんなサポートが必要なのか、試行錯誤を繰り返してきました。

1. 日中活動
 朋の日中活動がめざすのは、『社会の中の活動』です。まずは、知り合うことからおつきあいが始まりますが、つきあいの深さに関わらず、どんな時にもその人が「今、何を感じ、まわりにどうアプローチし、人との間にどういう関係が生まれたか」ということが大切であると考えます。だからこそ、日中の活動は、施設という限られた世界に終始するのでなく、“社会の中で”展開されるべきだ、と考えるようになりました。

 だいちグループで毎年行われる、発泡スチロール10個分ほどの稲作では、近くの農家の方との10年来のおつきあいが欠かせません。種籾をいただいたり、脱穀の道具をお借りしたり。手添えで作業をし、自分達で作っているということをどこまで理解しているか明確ではないものの、「だいぶ大きくなった」、「実がついてきた」、「おいしいご飯が炊けた」と、皆で喜び合う時等に見せる、メンバーのうれしそうな、誇らしげな顔を、いつもやさしく見つめてくれています。

 なぎさグループは、『渚屋本店』と称し、和紙染めの製品を作り、販売しています。スタッフやボランティアさんの介助を受け、手添えで和紙を染め、会計、営業等の役割を担いながら販売をします。この和紙染めを、すぐ近くの小学校の生徒達に呼びかけ、いっしょにやってもらいます。なぎさのメンバーの何人かは、笑顔、声、瞬き等で、「OK!」と小学生達が染めたものを確認します。スタッフが間に入らなくても、「OKだって!」と、自然なやりとりもできています。
 この他、園芸を楽しむ市民の会への参加、空き缶のプレス作業や、近所のお宅への空き缶の回収、手作りのクッキーを近くの学童保育の子供達へ配達等々、地域の方と出会い、知り合えるようなものをと、アイデアをしぼり出しながら、様々な活動を行っています。

2. 生活支援
 朋では、在宅支援の一つとして、『レスパイト』を行っています。1回3〜5人のメンバーでの一泊を月3回、事前にローテーションを組んで実施しています。この他、緊急の場合には、レスパイトの予定日以外でも2泊程度の宿泊を受け入れています。これらは平成4年より、横浜市が開始した、通所施設が実施する「ナイトサービス事業」として補助金を受けて行っているものです。
 障害が重い人の中には、介護の仕方が、親との独特の呼吸で行われていたり、精神的にも、たいへん密な親子関係であるため、家以外で過ごすことに、強い抵抗を示す人が多々あります。そういった不安や不満を、声や表情や身体の緊張等、全身で訴えていたのが、回数を重ねるごとに、次第に表情に余裕が出てくるという人も多いです。
 こうした体験の積み重ねが、親と離れた将来の生活を具体的にイメージするきっかけにもなっているようです。
 その他、生活支援として、送迎、入浴、住宅改造等に関する相談、必要に応じて通院時の付き添い、入院中の付き添いの交替、ナース電話(健康面)と緊急電話(全般)の携帯(24時間365日対応)、必要に応じて関係機関との連絡やケア会議の開催等々を行っています。
 又、平成13年より、法人の事業として、障害者専門のホームヘルパー派遣事業を開始しています。

3. 医療
 朋のメンバーが地域生活を送る上で、医療的な支援の体制は、非常に重要です。平成5年、朋の2階に、法人が運営する朋診療所を開設しました。日常、生活する中で気になることを、すぐに相談でき、以前ならば、入院が必要だったような場合でも、数日診療所に通院し、点滴や排痰を集中的に行ってもらうことで、入院を免れるということもあります。そして入院が必要という場合には、診療所から入院先の医師へ連絡がとられます。普段の様子をよく分かってもらえている医師のバックアップがあることは、地域で暮らす、本人や家族にとって、どんなに心強いか知れません。
 診療所と、朋の看護士、支援スタッフが常に、情報を共有し、タイミングを逃さず、必要な支援を提供できるよう心がけています。

グループホームについて
 平成6年、10年、14年2月、14年7月と、法人が運営するグループホームを4ヶ所開設してきました。それぞれ4名の方が暮らしています。将来、家族による介護ができなくなり、家族以外の人と暮らすことになっても、通所の場は変わらないようにしたい。そんな時にこそ、それまでの活動で培ってきた人間関係が生かされるのだと思うのです。
 横浜市独自のグループホーム補助金体系に『介護型』、いわゆる重度加算があります。それにプラスして、各自生活保護を受け、他人介護料がグループホームへ拠出されます。
 全介助であり、それまで家族があ・うんの呼吸で担ってきた細かな配慮を、交替勤務のスタッフでつないでいくのは、簡単なことではありません。特に健康面では、予測できなかったトラブルも数々経験しました。家族から離れて暮らすという本人にとって人生の大きな節目を支えるグループホームのスタッフ体制が、運営的には非常に厳しい現状であることも事実です。
 けれど、新たな暮らしをかみしめているような、そして日一日と顔つきも変わっていく様子は、誰にも、巣立ちの時が必要であるということを実感させられます。一方、自身の年齢や体力を考え、踏み出せなかった一歩を恐る恐る踏み出したような親の方も、親との生活では見せなかった新たな一面を見せていく我が子に、寂しさと親としての安堵感の両方を味わっていらっしゃるように思います。

誰もが地域で暮らせるために
〜これからの課題〜

 今年3月、16年間朋のメンバーとして通所されていたYさんが、自宅で亡くなられました。進行していく病気で、ここ10年ほどは、自分の意志で全く身体を動かすことはできず、鼻腔チューブ、下咽頭チューブ、バルーンカテーテルを挿入し、注入、排痰、吸引、呼吸状態の観察、排泄の管理等々が必要となっていました。家族は、総出で家業を営んでおり、Yさんは、朋への通所以外に、ホームヘルパー、訪問看護、移送サービス、ショートステイ、緊急時には朋診療所のドクターへの電話相談、ボランティア、母の知人の助け等、公式、非公式なあらゆるサービスやサポートを受けながら、家での暮らしを維持していました。
 言葉も出せなくなり、身体の状態はどんどん厳しくなっているのに、Yさんの気持ちは逆にどんどん外に向けられ、楽しみを見つけているようでした。特にステキな男性を見つめ、嬉しそうに笑う顔は、誰が見ても本当に幸せそうでした。おそらく家族の状況としては、在宅での暮らしは、とうに限界を超えていたと思います。それでも家族は、何度確かめても、「家族の中で。そして大好きな朋へ通わせたい。」でした。
 私達は二つのことを考えました。一つは、利用しているサービス等のコーディネートをし、現在の朋と朋診療所でできる限りの支援体制を組みながら、今の生活を支えること。もう一つは、家族による介護が破綻してしまう前に、今のYさんの精神面を大事にしながら生活できる場をつくっていくこと。その場は医療と福祉が一体になっていなければ存在できないでしょう。
これが整えられたら、おそらく“誰もが地域で暮らせるように”ということが、実現できるのではないでしょうか。
 Yさんはいなくなってしまったけれど、共に描いた夢を、多くの仲間たちと、描きつづけていこうと思います。夢が実現できるまで・・・。



■入居者
男2名、女2名
(重度重複障害者4名・知的障害者1名)
■年齢
35歳〜43歳
■スタッフ
常勤職員1名、非常勤職員4名
派遣ヘルパー、アルバイト数名
■住宅
木造2階建て(中古住宅改造)
6LDK

いつも音楽に包まれた明るいグループホーム

「ふぉーぴーす」は、以前に「きゃんばす」が使っていた住宅を再改造し、平成14年7月に入居を開始しました。入居者は男2名、女2名です。

 15時30分、AさんとBさんが「朋」の送迎車で帰宅します。それから約30分後、Cさんが「径」の送迎車で帰宅。リビングでお茶を飲みながら、その日の介助体制やお風呂の順番など、生活の流れを説明します。


グループホームに帰ったら、まずその日の報告。
スタッフは熱心に聞き取ります

 その後、Cさんは自分の部屋へ移動。松山千春のビデオを観たり、CDを聞いたりします。彼女は松山千春の大ファンで、ファンクラブにも入っています。千春のことなら何でも知っていて、部屋にはコンサートに行ったときにもらったサイン入りシャツが飾ってあります。「ふぉーぴーす」の開設以前は「きゃんばす」で暮らしていて、グループホームでの生活暦は十年。グループホームで生活を始めて以来、松山千春のコンサートに行くのは毎年の恒例になりました。

 BさんはリビングでCDを聴いています。彼女は、民謡からポップス、演歌まで、幅広いジャンルの音楽が好きで、その日の気分で聴く音楽を変えています。

 女性二人が音楽を楽しんでいる間、Aさんは食事作りをしているスタッフの姿をリビングからじーっと見ています。時おり、スタッフの会話を聞いて笑ったりしています。

 18時になり、径でクラブ活動に参加していたDさんが急いで帰宅すると夕食です。夕食後は部屋でゆっくり過ごし、入浴したり就寝の準備をします。入浴を終えたDさんは、リビングで大好きな「特捜戦隊・デカレンジャー」のCDを聞きながら、正義の味方の気分に浸って踊っています。


全員そろって、楽しい夕食

 22時30分、ようやくみんな眠りに就きます。そして朝7時30分になると、また一日が始まります。

「ふぉーぴーす」は週一回「生活者ミーティング」を行っています。緊張して思うように指せない文字盤を一生懸命操りながら、司会のCさんが自分の意見を伝えます。そして、みんなでいろいろな予定や行事などを決めていきます。


行事などの予定は、全員で話し合って決めています





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