2000年12月

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棚瀬理事長が勇退、後任の理事長に日浦専務理事が就任

 法人設立以来15年、理事長として訪問の家を先頭に立ってリードされてこられた棚瀬延理事長が12月19日をもって勇退されました。

 棚瀬前理事長は、今後も法人顧問としてご指導をいただくとともに、利用者や家族、職員を温かく見守っていただく大きな存在として、お元気な姿をお見せくださればと願っております。

 後任の理事長には、日浦美智江専務理事が就任します。

 日浦新理事長は、法人設立時より理事、朋施設長を勤め、また本年4月より専務理事の職にありました。



理事長就任のごあいさつ   

日浦美智江      

 2000年の12月19日付で、棚瀬理事長の後を継いで、理事長になりました。理事長などという大役は思うだに私には荷が重過ぎますが、お引き受けしたのは、棚瀬先生がご高齢になられたこと、そして今までのご苦労へのご恩返しをしなくてはと思ったからです。
 先生は今年80歳におなりです。昨年のはじめから体調が優れないから早く変わってねというのが先生の口癖になっていました。思えば、大変な役、新法人の理事長を17年前、当時一面識もなかった本間さん(根岸ケアプラザ勤務)と私の願いをよく聞いて引き受けてくださったと思います。法人設立準備室長を引き受けて下さっていた飯野さん(現ゆう施設長)がかって小さき花の園で園長であった棚瀬先生とご縁があり、彼の熱意が功を奏したのですが、今も彼の口説き文句「棚という字は朋に木(気)があると書くではありませんか」を「何とうまいことをいうもんだ」と感心したのを思い出します。私たちには何の義理もないのに「本当ね」と笑顔で快く引き受けてくださったその大きな広い心にこの17年どれほど感謝してきたか計り知れません。
 ご存知のように、訪問の家は朋から始まって、次々に事業を展開してきました。理事長の心を痛めるようなことをしてはいけないと思いながら、じゃじゃ馬のような私です。次々心配事を生み出す私に心が痛まないはずはありません。そんな心の中を針の先ほども見せず、理事長はいつも「何かあったら、私のせいにしなさいね」と言って下さいました。自由にやりたいように法人の事業をやりなさいと任せながら「何かあったら私が責任をとります」という理事長が後ろにいて下さったから、これほどの事業が展開できたのです。そしていつも顔を合わすと「身体に気をつけるのよ。無理をしていないわね」と気遣って下さいました。最近は恐い声で「少し休みなさい」と叱られていましたが、理事長が私の身体を心から心配してくださっているのが伝わって、本当に疲れている時など、涙が出そうになったこともありました。
 穏やかで優しいお人柄である一方、孤高の人という表現がありますが、理事長は優しい中に毅然とした、人間一人という一人に徹した強い心の持ち主でもあります。理事長とのお話のなかで何度も襟を正す思いを味わってきました。
 そんな理事長の後を私が大過なく継げるのか、心細いものがありますが、事業をここまで広げてきた責任と、まだ未完成の重い障害のある人達の地域生活の条件整備に向かって心を引き締めて役割を果たしたいと思っています。今福祉の潮流は激動のなかにあります。この急流をどう乗り切っていくのか、大袈裟ではなく日本中の社会福祉法人が緊張して心を張りつめています。訪問の家も例外ではありません。皆様方と車の両輪になりながら勇気をだして歩を進めてまいりたいと思います。よろしくお願い致します。

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